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創価学会男子部・ゴチえもん BLOG

創価学会男子部の私が、日々の活動や思うことについて色々書き綴ってみます。

我が人生の師匠・池田先生

池田先生

我が“人生の師匠”である池田先生。

創価学会名誉会長であり、SGI(創価学会インターナショナル)会長です。

 

“師匠”なんて呼んでいますが、私は一度も池田先生にお会いした事はありません。

しかし、会った事があるとか無いとか、身近にいるとかいないとか、そういう事ではないんです。

本部幹部会や聖教新聞誌上でのメッセージやご指導、また激励など、人生かけて我々にどう生きるべきかのお手本を示してくれている、本当に尊敬すべきリーダー、それが池田先生です。

 

新入会の方や、未活動の方の中には、池田先生を師匠とは思えない人もいるでしょう。

 

“師匠”なんて、人に押し付けられて言うものでもないし、心から思えないのに無理矢理“師匠”と思い込む必要もありません。

 

発心して、仏法を求めて活動をしていく中で、池田先生がなぜ多くの人に師匠と呼ばれ尊敬されているのかがわかるのではないでしょうか。

 

「池田先生って偉いの?」

と聞かれたら、

「名誉会長だからって偉いとかはないけど、池田先生は偉いよ」

と答えます。

なぜなら、学会では役職で偉いだの偉くないだのはなく、“頑張っている人が偉い”からです。

池田先生は我々弟子への激励のメッセージやご指導など毎日毎日執筆され、いまだに一番頑張っています。

だから偉いんです。(偉そうな言い方ですみません)

 

良く

創価学会は池田教」

などとも言われますが、それは違います。

池田先生は師匠ではありますが信仰の対象ではありません。

我々が信仰の対象として拝むのはあくまで“ご本尊”です。

まあ、池田先生の我々への真心を思えば、ぶっちゃけ拝みたくはなりますが。

 

池田先生は神様でもなんでもありません。

エルカンターレの生まれ変わりでもないし、空中浮遊ができるわけでも神通力が使えるわけでもない、普通の人間です。

当然永遠に生きるわけでもないし、現在85歳ですから、常識で考えれば我々は確実に、池田先生亡き後の創価学会を支えていかねばなりません。

 

池田先生が亡くなれば、正直、信心辞めちゃう人とか、もう今までみたいに頑張れなくなる人とか、いるでしょうね。

それは

「池田先生のために」

とか

「池田先生に喜んでいただきたい」

という思いだけで頑張ってきた人達だったりするんじゃないでしょうか。

 

ただ、

「今まで池田先生のために頑張ってきたけど、その池田先生はもういない、だからもう頑張れない」

というのは変です。

亡くなろうがなんだろうが、池田先生は永遠に我々の師匠です。

 

池田先生は今でも、師匠である戸田先生のために戦っておられる。

それが全てだと思います。

 

戸田先生が亡くなった時、

「指導者を失った創価学会は空中分解する」

というマスコミや評論家の予想を覆してさらに学会を発展させたのは、戸田先生亡き後も変わらず師匠のためにと戦い抜いてきた池田先生がいたからです。

 

正直、池田先生のような指導者はもう現れないでしょう。

だからこそ我々一人一人が先生と同じ思いで戦い、頑張っていかなければ、今後学会は衰退の一途を辿ってしまいます。

 

学会員の中には、

「あの幹部が嫌い、ムカつく」

とか思う相手もいるでしょう。

そらそうです!

学会員だって人間なんですから。

 

相性悪い人がいたって当然だし、何百万人って人間がいる組織ですから、ぶっちゃけ悪い奴とか、それこそ中には犯罪者だっているでしょう。

 

しかし、嫌いな幹部がいるからって信心辞めちゃう、とかは、非常にもったいないと思うんです。

そういう人は結局、自分の中に“師匠”が無い人なんですよね。

どこまで行っても自分対師匠、一対一で考えられない人は、そういったちょっとした事で信心を辞めちゃうんです。

師匠との絆よりも、嫌な相手と関わることの煩わしさの方が大きい人なんでしょうね。

 

それが悪い事だと言っているんではありません。

ただ、もったいない。

その嫌な相手のために、活動を辞めてしまうなんてもったいないなぁ、と思います。

 

「師匠のため、師匠のため」

と合言葉のように学会では言っていますが、結局池田先生は何を一番喜んでくださるのか。

それは、弟子の我々一人一人が幸せになる事です。

 

師匠に喜んでいただけるよう、自分自身や家族はもちろん、地域の同志、また友人知人、身の周りのみんなの幸福を願って、今後も頑張って参ります!

 

以上!ありがとうございました!